短編小説『泡沫の月』全文公開|儚く幻想的な一夜の物語

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こんにちは、久遠詩凛です。
今日は、私が書いた短編小説『泡沫の月』を全文公開します。
これは、ある夏の夜にだけ起こった、儚くも美しい出来事を描いた物語です。


第一章 波間に揺れる月影

海沿いの小さな町。
夕暮れの色は、まるで薄く溶けた琥珀のように水平線を染めていた。
私は、潮風に吹かれながら桟橋を歩き、足元に映る揺らめく月を見つめていた。

「…今日は、満月だね」

そう呟いたのは、隣に立つ一人の青年。
彼の名前は海斗。幼なじみであり、そしてずっと、私の心を静かに占めていた人だ。


第二章 月の夜の約束

海斗はふとポケットから古びた銀色のペンダントを取り出し、私の手のひらにそっと置いた。

「この町を出る前に、君に渡したかった」

ペンダントの中央には、小さなガラス玉がはめ込まれていて、月の光を受けると淡く輝いた。
その光は、夜の海の泡沫のように儚く、触れたら消えてしまいそうだった。

私は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
彼がこの町を離れることは、前から知っていた。だけど、こうして向かい合うと胸の奥が痛む。


第三章 波音の記憶

潮騒が絶え間なく響く中、私たちは桟橋の先端に腰掛けた。
波のリズムは、不思議と心の鼓動と重なっていた。

「ねぇ、海斗。都会に行ったら、きっと私のことなんて忘れちゃうんでしょ?」

「忘れるわけない。…でも、忘れられた方が楽かもしれないよ」

その言葉の意味を問いただす勇気は、私にはなかった。
ただ、彼の横顔を月明かりが照らし、その影が少し揺れた。


第四章 月に照らされた真実

その夜、海は異様なほど静かだった。
潮が引き、普段は近づけない沖合の小さな砂洲が、月明かりの下に現れていた。

「行ってみようか」

海斗の言葉に頷き、私たちは靴を脱いで海へ足を踏み入れた。
ひんやりとした水が足首を包み、白い泡が月光を反射してきらめく。

砂洲の上に立ったとき、周囲はまるで水鏡のようだった。
夜空と海面が溶け合い、私たちは無限の宇宙に浮かんでいるように感じた。


第五章 泡沫の月

「見て、あれ」

海斗が指差す先に、月が二つあった。
一つは空に浮かび、もう一つは海に漂っていた。

「これは…?」

「本物の月と、その泡沫(うたかた)さ」

彼は笑ったが、その瞳は少しだけ悲しげだった。
私たちはその景色を、言葉もなく見つめ続けた。


第六章 別れの朝

夜が明けるころ、砂洲は潮に沈み、私たちは元の桟橋へ戻った。
海斗はペンダントを私の首にかけ、最後にこう言った。

「もしまた、この泡沫の月を見られたら…その時は、続きを話すよ」

そして彼は、港を離れていった。


第七章 十年後の月夜

あれから十年。
私は変わらずこの町で暮らし、何度も満月を見上げたが、あの夜のような景色には出会えなかった。

けれど、ある年の夏、再び海が静まり返る夜が訪れた。
潮が引き、砂洲が現れたのだ。

そこに立つ一人の影。
振り返ったその顔は、十年前と変わらぬ海斗だった。


エピローグ

「約束、覚えてる?」

「もちろん」

私たちは再び、泡沫の月を見上げた。
そして、長い時間を埋めるように、静かに笑い合った。

あの夜と同じように、月は二つあった。
一つは空に、一つは海に。

その光は、もう消えることはなかった。


まとめ

短編小説『泡沫の月』は、海と月、そして一度きりの景色を通して、儚さと再会の奇跡を描いた作品です。
読んでくださったあなたの心にも、静かに波紋が広がっていれば嬉しいです。


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