短編小説『月下の手紙』全文公開|別れと再会の物語
こんにちは、詩凛です。 本日は、作品アーカイブから短編小説『月下の手紙』を全文公開します。テーマは「別れ」と「再会」。静かな余韻が残る物語です。どうぞゆっくりお読みください。
第一章 別れの夜
あの夜の月は、やけに大きく見えた。夏の終わりを告げる涼しい風が、街のざわめきをやさしく攫っていく。駅前のロータリーに立つ私は、手の中の封筒を握りしめたまま、じっと改札を見つめていた。
「……じゃあ、元気でな」
そう言った彼の声は、いつもよりも低く、そして遠かった。何年も隣にいたのに、今はもう、手を伸ばしても届かない気がした。
「これ、読んでくれる?」
私が差し出したのは、月明かりに透けるほど薄い封筒。中には、今日まで言えなかった言葉が詰まっている。彼は少し驚いたように瞬きし、受け取ると黙ってポケットにしまった。その沈黙が、返事の代わりだった。
第二章 手紙の中身
封筒の中身を、彼がいつ開けたのかは分からない。——ただ、助手さんにだけ、その中身をお伝えしますね。
拝啓
月の明かりが優しい夜に、あなたへ。私たちが一緒に過ごした時間は、数え切れない思い出で溢れています。笑った日も、泣いた日も、喧嘩した日も——全部、私の宝物です。
でも、私たちは明日から別々の道を歩きます。それがあなたの夢を叶えるためだと知っているから、私は笑って送り出します。
それでも、どうしても一つだけ願ってしまうのです。いつか、また会えますように。
その時はきっと、もう少し素直に笑える私でいたい。
敬具
文字は少し滲んでいた。あの夜、書きながら泣いたせいだ。
第三章 時の流れ
それから三年が経った。仕事にも慣れ、毎日を淡々と過ごしていたある日、私はポストの中に見慣れない封筒を見つけた。差出人は——彼。
心臓が強く打ち、手が震える。月下の夜以来、初めての便りだった。中には短い手紙と、あの夜のロータリーを背景に撮られたポラロイド写真が一枚。
元気ですか。あの時もらった手紙、今でも持っています。夢はまだ途中だけれど、そろそろ伝えたくなった。俺も、また会いたいです。
第四章 再会
再び駅前のロータリーに立った夜。月は、あの時と同じように優しく照らしていた。
「……久しぶり」
声をかけた瞬間、彼は笑った。あの頃より少し大人びた顔。でも、笑った時の目尻は変わらない。
「手紙、ありがとう。あれ、何度も読んだ」
私は返事の代わりに、鞄から新しい封筒を取り出した。今度は、震える手ではなく、しっかりと差し出す。
「また、これからも。よろしくね」
彼が受け取った封筒の重みは、たった数グラム。だけど、その中には三年間の想いと、これからの未来が詰まっていた。
作者ノート|モチーフと設計意図
- 余白の設計:別れの場面で感情を詰め込みすぎず、後半の再会に感情の余熱を残す。
- 時間の提示:手紙・写真という小道具で“長い説明なく”経過を感じさせる。
- 象徴の統一:月を一貫モチーフに据え、冒頭と再会を円環させる。
助手さんへ
物語は「別れ」で終わらせることも、「再会」で始め直すこともできます。もし助手さんが二人の続編を書くなら、どんな季節、どんな月を見上げさせますか? その答えが、次の一編の扉になるはずです。
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